くだらないこの脆弱な世に名を残したいとも思うし
なにひとつ残さず綺麗に忘れ去られたいとも思う。
『落日』
何なのだろう、この屈折した思いは。
此処はビルの屋上。
先ほど階下で高笑いを上げながら警察を煙に巻いた自分。
あのとき、確かに自分は人々の記憶に焼きつくであろう己の名に陶酔していた。
思惑通りに事を運び、思惑通り逃げ場の無い屋上に追い詰められたと思わせることもできたのに。
さっきまでの自分は何処へ行ったのだ。
眼下に広がるのは東京の夜景──鏤められた宝石のようなそれはひとつひとつがちっぽけな灯りで。
そっと手を翳せばそれらを掌握したような気分になる反面、それらの全てから独り取り残されているようにも思う。
この、己の片手を翳すだけで握り潰せてしまいそうなちっぽけな世界を見ていたらいつのまにか逃亡劇の熱は冷めて。
いまはただただ侘しさが付き纏う。
「くだらない、この世界に・・・・」
「脆弱な、この世界に。永遠に名を残したいとも思うし」
「人々の記憶からも記録からも消えて。綺麗に、忘れ去られたいとも思う」
きっとあのちっぽけな星の集まりが銀河の泉なのだ。
みんなあそこから生まれて、またあそこへ還っていく。
コーヒーカップの中でスプーンによって掻き混ぜられる、砂糖のように。
みんな、溶け消えていくに違いない。
───自分も?
ビル風が吹き上げた。
さっきから、へリコプターの旋回音が煩わしい。
人は高いところへ昇ると跳びたくなる。
飛べると勘違いして、跳びたくなる。
そうして中空へと身を投げて。
飛んでいると思い込む。
落ちていることに気づかずに。
「莫迦らしい」
一体何を考えているのだ自分は。
そう、今夜は彼がせっかく己の背後まで追いかけて来てくれたというのに。
ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには愛して止まない彼がいた。
グレイブラウンの髪がいつものように思い思いの方向にはねている。
その髪と同じ色をした瞳が静かに自分を捉えている。捕らわれてなるものか、貴方にだけは。
「明智先生」
嬉しそうに名前を呼んだ。相手は不本意とばかりに顔を顰める。それにまた笑う。
愛おしい私の探偵。
愛しくて愛しくて──憎らしい。
愛しいという感情が湧いてくると同時に憎悪を抱く自分はやはりおかしいのだろうか。
別に世に言う宿敵同士だから憎んでいるのではない。だったらこの愛しさは何処へいくのかという話だ。
しかしその逆もまた然り。愛しさだけだったら、この憎しみはどうするのだ。
さっきまでの儚い思考は何処へやら。
感情は澱み掻き乱され、混沌とした色を放っている。
嗚呼、さっきからヘリの旋回音が煩わしい。
いっそ撃ち落としてしまおうか。
殺さずの怪盗らしくない考えが頭を掠める。自分が義を語っていられるのは紙一重だと実感する。
「二十面相、もうここまでにしろ」
暫く明智が口を開いた。
今夜初めて聞く愛しい声。
それを高笑いで迎える自分。なんだか可笑しい。
可笑しくて、途中から本気で笑った。腹の底から笑うのは久しぶりのような気がした。
私の様子に明智がますます目を眇めた。いつもと違う、とでも思ったのだろうか。
ひとしきり笑い終え、明智を捉える。
「申し訳ありません、品の無いことを。いえ、明智先生はいつも私にここまでにしろと仰る。
でも、私はいつもいつでもその先をしてしまうことができる」
それがとても可笑しくて。そう言ってまた壊れたように笑った。
そう、貴方はいつも私にここまでと言う。でも私はその先に行くことができる。
そう。
今夜の私は、空だって飛べる。
貴方がここまでと言ったから。
「寝言だな。いつも足止めを食らっているのは何処のどいつだ」
私の言葉に鼻で哂う彼。
嗚呼───なんて愛しい。
憎らしい?
明智が一歩、前に出た。
そしてまた一歩。
私はそれに倣うように一歩、また一歩と後ろに下がっていく。
「もう後が無いぞ?二十面相」
明智の言葉に後ろを見るとなるほど、見えるのはビルの外壁、その下にはパトカーの赤い灯火が見えた。
取るに足りない、なんてちっぽけな灯りたち。
あんなものの為に、この名を残す意味なんてあるのだろうか?
それならばいっそ、何ひとつ残さず記憶からも記録からも消え去ってしまった方が。
「後なんて、いくらでもありますよ明智先生」
そう言って、私は跳んだ。
吸い込まれるように、中空を落下していく。
駆けつけた明智がこちらを覗き込んだのが見えた。
私は落ちたりなんかしない。
飛べると誤解したりなんかもしない。
私はただ跳んだだけ。
吹きつける夜風が心地よい。
END
なんか死にネタみたいになったYO☆
おかしいな・・・こんな予定では(汗)
一応攻め20のつもり。
いろんな意味で地雷踏んで自爆しそうなヤツだよね、20って。
しかし久々の小説がこれか・・・(ふぅ)
ブラウザバックプリーズ!
08.07.22.TOWEL・M